ことわざ/馬の耳に念仏(うまのみみにねんぶつ)とは?

「馬の耳に念仏」意味と読み方

【表記】馬の耳に念仏
【読み】うまのみみにねんぶつ
【ローマ字】UMANOMIMININENNBUTSU

【意味】
人がいくら意見しても全く効き目のないこと。

説明

馬に念仏を聞かせても、そのありがたみがわからない意味。人の意見や忠告を上の空で聞き流すため、まったく効果のないことのたとえ。「上方いろはかるた」の「む」で、かるたでは「馬(むま)の耳に風」となる。「念仏」とは、仏に対する誓いの言葉のことで、ことわざの念仏は、仏の教えである経典の言葉、「お経」と混同して生まれたことわざであろう。念仏の有名な言葉では「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」というものがある。「南無」はインドのサンスクリット語の間投詞「ナモ(namo)」が漢訳仏教語。つまり、「南無阿弥陀仏」とは「阿弥陀仏様、貴方に敬意を表します。」ということである。そうなると「馬の耳に念仏」は、「南無馬」ならともかく、南無阿弥陀仏のように大抵は何かしらの仏( 南無釈迦無尼仏など)を心に念じて言うか、もしくは該当する仏像を目の前に置いていうものなので、もし馬に「南無阿弥陀仏」は変である。仮に毘盧遮那仏の前で「南無阿弥陀仏」と唱えれば、「名前を間違えるなんて、失礼な坊さんだ!」ということになるであろう。こうした間違いが生まれたのは、明らかに仏教を勉強してきた仏教僧の行為から生まれたものではなく、庶民が相手を揶揄することから生まれたことわざだなのだろう。

詳細

注釈、由来

【注釈】「念仏」とは、仏に対する誓いのこと。よく耳にする「南無阿弥陀仏」とは、「阿弥陀仏様、貴方に敬意を表します。」という意味になる。念仏は「経」と混同されがちだが、経は教えそのものを記したものなので、意味が違う。

【出典元】-
【語源・由来】仏教僧が、馬に念仏を唱えても馬には理解できないことから。です。もとは 「上方いろはかるた」の「む」にある「馬(むま)の耳に風」から転じて生まれたことわざとされる。さらに「馬の耳に風」は、「馬耳東風」が起源となり、中国の李白の詩『答王十二寒夜独有懐』を指す。

「馬の耳に念仏」の言い換え、反対、似た言葉

【同義語】

【類義語】

豚に真珠/猫に胡桃をあずける/蛙の面に水/馬に経文/馬の目に銭/豚に念仏猫に経/馬の耳に風/猫に小判/牛に経文/牛に麝香/犬に論語/猫に石仏/牛に対して琴を弾ず/犬に小判/犬に念仏猫に経/兎に祭文/右の耳から左の耳/牛に説法馬に銭/馬耳東風

【対義語】

【注意】
念仏のありがたさがわからない愚かな奴の意味が含まれているため、目上の人に用いるのは誤り。その場合は「馬耳東風」を使うとよい。

「馬の耳に念仏」の例文

【日本語】「いくら君が親身になって忠告しても、彼には馬の耳に念仏だよ」
【英語】
Speaking to the deaf./To preach to the wind./In one ear and out the other./It’s like I’m talking to myself./Giving advice to him is like talking to a brick wall./A nod is as good as a wink to a blind horse.

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